私は闘っているか?

  • 2011.09.03 Saturday
  • 23:46
 

衝撃を受けました。


大宅壮一ノンフィクション賞をとったヤノマミの作者、国分拓さんの話しを聞きました。

(ある講座を受けていて、間違ってとなりの会場に入ってしまっていたのです。)


でも、聞けてよかった。

何かの力が働いてくれたのでしょう。

 

編集ということ、伝えるということの本質を聞いた気がします。

国分さんは、NHKのドキュメンタリー制作のディレクターです。

なので、テレビ制作の話しがとても興味深かったです。

 


今私は、学校の授業プログラムにしても、様々なプロジェクトにしても、
ゴールを見据えてゴールを考えて仕事をします。

限られた時間内で誰に何を伝えたいかを考えます。

 

ドキュメンタリー制作の仕事はゴールをどう設定しているのでしょう。

事実をありのままに見せて、感じてもらいたいとしたら、
事実をありのままに見せるというのはどういうことなのでしょうか?

国分さんがヤノマミと暮らしたのは150日。そこでの生活を1時間の番組に編集するとしたら
編集する人の意図が入るはず。

 

国分さんは、自分が意図しない編集を入れたバージョンを「敗北」と言いました。

その表現は、国分さんのはるかしたのほうにいる私にもよくわかるものでした。



意図された笑い、意図された涙

わかりやすい感動。 
簡単に設定されるゴール。
                                                                   

そういったものをすべて排除して、覚悟と信念をもって
外圧と妥協のセットから戦いながら仕事をしている人

 

そして、自分に問いかけます。

私は、そういう仕事をしているか?

「敗北」すらしていない仕事しかしていないのではないか?

 

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